2021年9月12日(日)
ある父親に四人の息子がいました。父はその子達に遠くの地に生えている梨の木を見てくるようにと、最初の息子は冬に、二番目は春に、三番目は夏に、四番目は秋に送り出し、それぞれがそこに生える同じ木を見て、帰ってきました。父は四人を呼び、見てきたものについて一人一人の話を聞きました。
冬に行った息子は言いました「私が見た梨の木には葉が一つもなく、その姿は醜く、ところどころの枝が折れていました」。春に行った息子は、その言葉が信じられないように「自分が見た木には一面、新緑が覆われていて、その木はやがてくる約束で満ちていた」と言いました。夏に行った息子は、その通りだと言わんばかりに「自分の見た木にはたわわに実がなり、甘い香りがし、木は命で満ち溢れていた」と言いました。秋に行った息子は「緑の葉」ということが理解できないかのように、「その木には実などはなく、しかし、その葉は真っ赤で、しかし、その葉は次々と地に落ちていっていた、ある意味、その木は大切な役目を成し
遂げたような姿だった」と言いました。
四人の話しを聞いていた父は彼らに言いました。「お前達の見た光景はどれも全て正しい。お前達が見た木は全く同じもので、その木の中に全ての季節があったのだ」と言い、さらにこう言いました。「お前達は自分の一つの季節だけに捕らわれて、結論を出してはいけない。もし、お前が冬にギブアップしたら、春の約束、夏の美しさ、秋の収穫を見ることはできない」・・・。
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